HOME>事業承継>2通の遺言書で起こる事業承継による紛争

2通の遺言書で起こる事業承継による紛争

京都の老舗カバンメーカー「一澤帆布工業」2通の遺言書の謎

老舗カバンメーカー一澤帆布工業の例を取り上げてみたい。2通の遺言書のどちらが真正かで、兄が会社を引き継ぐか、弟が会社を引き継ぐか、事業承継の行方を左右した事例である。

一澤帆布工業は、1905年に京都で創業された、麻製の厚布で作る耐久性に優れた写真、登山などの機材運搬用カバンのメーカーである。「一澤帆布製」というタグで有名ブランドとなり、京都土産として定着してきた。
その一澤家で、相続争いが起きたのは、2001年3月3代目の信夫が死亡したときだった。

顧問弁護士に預けられていた信夫の1997年12月12日付け遺言書は、巻紙に毛筆でかかれ、実印を押したもの。それによれば、信夫が保有していた発行済み株式6割強のうち67%を1983年から社長として事業を切り盛りしていた三男信三郎に、残りの33%を一時会社の仕事に携わりながら退社してしまっていた四男喜久夫に、会社の仕事に一切かかわってこなかった長男信太郎には銀行預金のほとんどを相続させるとなっていた。

ところが、信夫の死後4か月後に、長男信太郎が、2000年12月12日付けの便箋3枚にボールペンで書かれ、印鑑も「一澤」ではなく「一沢」の印がおされた遺言書を持参してきた。その内容は、株式の80%を長男信太郎に、20%を喜久夫に譲るというものだった。
法律の規定によれば、内容が抵触する場合、遺言は新しいものが優先することになっている。つまり、ボールペン書きに「一沢」の印が押された遺言書が、本当に信夫が作った真正なものである限り、優先してしまうわけだ。

2001年9月、信三郎は信太郎が持ってきた遺言書は無効であるとして、遺言無効確認の訴えを起こした。確かに、信三郎が持ってきたものは、巻紙に書かれ、毛筆に「一澤」の実印の押印あり、信太郎が持ってきたものは、便箋に「一沢」の認め印の押印だから、一見すると、信三郎の持ってきたものが真正なものに見える。
ところが、2004年12月に最高裁判所で信三郎の敗訴が確定した。「無効と言える十分な証拠がない。」というのが、その理由だったのである。無効確認の訴えでは、原告側、この場合、信三郎の側に立証責任がある。その原告が、無効と立証できなかったというわけである。

この結果、信太郎と喜久夫が株式を取得し、2005年12月信三郎は代表取締役を解任され、信太郎が代表取締役の座についた。
信三郎も、ただ漫然とこのときを待っていたわけではない。2005年3月には、有限会社一澤帆布加工所を設立。一澤帆布工業の製造部門の職人65名全員が、この会社に転籍した。そして、一澤帆布加工所が、一澤帆布工業から店舗と工場を賃借することになった。つまり、一澤帆布加工業は、もぬけの殻になり、その場所で一澤帆布加工所が全く同じ商売を始めたのである。

信太郎は、今度は店舗と工場の明け渡しを求めて、仮処分を申し立てた。この申し立てが認められ、2006年3月1日に強制執行が行われた。これにより製造部門の職人たちも撤去されたため、製造が停止し、3月6日には店は休業に入った。(その後、喜久夫の指導の下で製造を再開し、10月16日に営業を再開した。)

一方、信三郎は、一澤帆布工業の斜め向いに店を構えて、製造と販売を継続した。
これに腹を立てた信太郎が、一澤帆布工業の代表者として、2007年2月14日に、信三郎に対して、商標権侵害と役員報酬の返還を求めて損害賠償請求訴訟を提起した。
反対に、信三郎は、今度は妻を原告として、遺言無効確認訴訟と取締役解任の決議の取り消しを求めて、訴訟を提起した。今度は、妻が原告なので、再度遺言無効確認訴訟を提起することが、可能となったのである。
京都地方裁判所では、請求棄却に終わったが、大阪高等裁判所では原告である信三郎の妻が勝訴した。2009年6月23日には、最高裁は大阪高等裁判所判決を支持した。これによって、遺言の無効と株主総会の決議取り消しが確定した。

これを受けて、2009年7月、信三郎が代表取締役に復帰。同10月には、会社が信三郎に対して起こしていた損害賠償請求訴訟は、却下された。
これでも終わらないのが、この争い。今度は、信太郎が会社を相手に株主権の確認を求めた。2011年8月、京都地裁はこの訴えを棄却。信太郎は、さらに大阪高裁に控訴して争い、信太郎は一部株式の相続権を認められるが、それは経営権に影響のないものであった。

いやはや、日本では珍しい訴訟合戦。事業承継紛争、争族の最たるものである。

この事例から学ぶことができる教訓は、生前の被相続人から相続人への意思の伝達の重要性だ。なぜなら、被相続人が相続人の兄弟3人を集め、「会社の株式は信太郎に相続させる」とか、「信三郎に相続させる」とか、また、「信太郎に相続させるから、他の二人の兄弟は信太郎をしっかりとサポートしてほしい」とか、明確に意思を伝えていれば、さすがにこんな紛争にはならなかっただろうと思うからである。
子どもたち3人のいる前で、お父さんが明確に自分の意思を伝えれば、子どもたちのお父さんの意思に従うもの。それに歯向かうことはできないはずだ。ましてや、遺言書を偽造して、お父さんの意思を偽ることなど、ないだろう。

しかし、意思伝達を行わず、自分ひとりで何通かの遺言書を作り、それを誰かにこっそりと保管させていると、他の子どもからはどの遺言が父の意思なのかわからなくなる。そして、父の意思をめぐって、子どもたちの間で死後にいさかいが起こる。
だから、教訓の一は、被相続人が相続人全員に明確に意思を伝えることの重要性。

また、昨今では、遺言書を書かせるのが重要だということを子どもたちがよく知っていて、病床についた親に無理やり遺言書を書かせる場合も多い。
私が扱った案件の中でも、子どもが親の手を取って無理やり書かせたのではないかと思われるような、乱れた筆跡の遺言書が出てきたことがある。こうした遺言書が出てくると、その前の遺言書しか見ていなかった子どもは驚き、「それは親の書いたものではない」、「偽造だ」と騒ぎたてることになる。
親としては、どの子どもにもいい顔をしていたいという気持ちが強く、なかなか子どもの言うことに、はっきりとNOということはできないものだ。そして、何通もの遺言書を作成してしまう。

しかし、そういう場合には、親が勇気を振り絞ってNOと言っておかないと、結局後で子どもたちの間に争いの種を残すことになる。そうした事態を避けるためには、自分の意思と違うことにはNOということが重要だということをよく肝に銘じておいてほしい。
つまり、第二の教訓は、被相続人がYES,NOをハッキリと相続人に伝えることの重要性。

まとめ

本件の真相は明らかでないが、仮に信夫が書いた遺言書2通が真正なものであったとした場合、どういう教訓を学べるだろうか。
わかりにくいのは、古い遺言書に前の遺言書のどの部分を修正したのかが明確に書かれていないこと。そのため、本人の意思がどこにあるのかがわからないところ。
もし、「前の遺言書を破棄する」、「前遺言書の××の部分を書き換える」と明確にしてあれば、それを読んだ人は、前の遺言書を修正し、後の遺言書を有効にしようとした被相続人の意思がはっきりとわかる。
もし、自分で遺言書を書いたが、後で修正の必要があると感じて、修正するのなら、それを明示して、新しいものが自分の意思であることが明確に伝わるようにしておくべきであるということだ。
第三の教訓は、遺言書を修正する場合に修正箇所を明確にしておくことの重要性だ。

以上、見てきたように、せっかく遺言書が準備されていても、争いが起こる場合がある。だから、遺言書の真否、内容をめぐって争いが起きないように、被相続人の立場になる人は、自分の意思を明確に示して置くことが大事だということだ。

©2017 青山東京法律事務所.
ページトップへ