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医療機関の事業承継について

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昨今、診療所、病院の経営者から事業承継について相談を受けることが多い。医療機関の経営形態には個人経営、持分の定めのある医療法人、持分の定めのない医療法人と3つのものがある。事業承継の問題点も、この事業形態によって違ってくるので、それぞれ別々に見ていこう。

 

1.個人経営の場合

 

個人経営は一番シンプルな形で、医師が個人として医院を開業しているという形である。医院の土地、建物、医療機器は、すべて医師が個人として所有しており、負債を背負っている場合には、それも個人としての医師が負担している。保健所への病院開設届け、社会保険事務所への保険医療機関指定申請も個人名で届け出られている。

(1)生前承継の場合

医院を親子間、もしくは、第三者との間で生前承継する場合には、現院長の廃業と新院長の開設の手続きが必要になってくる。土地、建物は、新院長に売却して譲渡するか、新院長との間で使用貸借契約を結ぶか、賃貸借契約を結ぶか、何らかの手当てをしなければならない。医療機器をリースしている場合には、今までのリースを残しながら現院長から新院長への再リースをするか、リース会社の合意を得て賃借人の新院長への変更手続きを取ってもらわなくてはならない。未払金や借入金の負債についても、新院長への承継手続きを踏まなくてはならない。銀行や取引先への連帯保証、担保提供の引き継ぎ手続きも必要になってくる。

(2)相続の場合

個人経営医療機関の事業承継が、親の死の結果としての相続によって起こる場合には、承継の内容が少し変わってくる。廃業、開設の届は同じであるが、土地、建物、医療機器の引き継ぎ、負債の承継は相続手続きの中で処理されることになる。

承継する子供がいない場合には、廃業の届を出し、後は相続権を持つ家族(配偶者、親、兄弟等)の間で、遺産となる土地、建物の分割を行うことになる。ただ、この場合、地域において診療所が一つ存在しなくなり、患者は新しい医師を探さなければならなくなるという不都合を被る。患者が都市部に住んでおり、近くで簡単に同じ専門領域の医師が見つかる場合なら大きな問題とはならないが、地方で医師の過疎地帯に住んでいるような場合には、患者の被る不都合は甚大である。

 

2.持分の定めのある医療法人の場合

 

医療法人の制度は、1950年8月の医療法改正により創設された。出資者が出資持分を出資し社員となる。持分は、誰が何%と具体的に決められ、持分の払い戻しも認められる。社員総会が最高意思決定機関となり理事の選任を行う。医療法人としての経営について最終的意思決定を行う機関は理事会であり、理事会で選任された理事長が法人代表者となって経営を行うという仕組みである。

医療法人には社団と財団とがあるが、実際には財団の形をとるケースはほとんどないので、ここでは社団を前提として話を進める。

1985年12月に医療法人制度の改正が行わる前までは、医療法人の設立は、「病院又は医師もしくは歯科医師が常時3名以上勤務する診療所であること」が要件となっていた。1985年12月の改正で、この要件が取り払われたことから、一人医療法人が多数設立されることになった。この結果、今日39,947もの一人医療法人が存在することとなったのである。

次項で持分の定めのない医療法人について述べるが、その違いは、持分の定めの有無と出資持分の比率に応じた払い戻しが認められるかにある。

もっとも、持分の払い戻しが認められるとは言っても、出資持分を超えた部分は配当所得となり、所得税総合課税の対象となるので、住民税を合わせて最高55%の税率の適用(別途復興特別所得税あり)を受けることになる。このため、実際上払い戻しのメリットは乏しい。この結果、通常20%の譲渡所得課税で済む(別途復興特別所得税あり)持分の譲渡が利用されることになる。

では、こうした持分の定めのある医療法人の院長が事業承継を行う場合、どういう方法があるのであろうか。

(1)相続の場合

まず、院長が死亡した場合を考えて見よう。

医療法人では配当が認められていないため、院長の経営手腕が高い場合には多額の資産が医療法人に蓄積される。そして、院長が死亡すると、その持分は非上場企業の株式と同様に経営規模に従って、純資産価額方式、類似業種比準価額方式、その併用方式により評価がされる。その結果、評価も多額の金額に上ることになり、相続人は多額の相続税の支払いを迫られる。

相続人がこれを支払うことができない場合、医療法人を解散し持分の払い戻しを受けることになる。そして、これを相続税の支払いに充てる。つまり、せっかく永続性のある法人としたのに、相続税の支払いのため、その永続性を放棄しなければならなくなってしまうのである。

こうした事態を避けるための方法として、院長に対する死亡退職金の給付を行う方法がある。死亡退職金を払い出し、利益の蓄積額を減らすことで、持分の評価を下げようとするのである。しかし、これにも限界がある。つまり、退職金の額は、最終報酬月額×勤続年数×3倍(功績倍率)と定められているので、これを行っても必ずしも持分の評価額を十分に下げることはできない。

(2)生前承継の場合

では、次に生前承継の場合を見てみよう。

この場合、承継する相手が子供である場合、第三者である場合の2通りがあるが、いずれも持分の譲渡という形式で事業承継が行われることになる。

持分の評価は、先ほど述べたように、純資産価額、類似業種比準方式等で評価されることになる。診療所の経営がうまく行っていれば評価額が多額に上ることになるが、譲渡人への課税は譲渡所得ということになり、20%の税率で済ます(別途復興特別所得税あり)ことができる。持分を院長に払い戻した場合には、前述のように出資額を超える部分は配当所得となって総合課税の対象となり、最高55%の税率の適用(別途復興特別所得税あり)を受けるのであるから、大きな税務上のメリットがある持分の譲渡が選択される。

持分を譲渡する前に院長へ退職金を支払っておけば、院長は所得税を課税されるが、その対象は(収入金額-退職所得控除額)×1/2の金額であり、なおかつ、退職控除額は、勤続20年までは1年当たり40万円、勤続20年を超えると1年当たり70万円となるから、課税上のメリットは大きい。持分の譲渡を受ける側にとっても、評価額が引き下げられるというメリットがある。したがって、第三者への譲渡の場合、並行的に院長への退職金の支払いが頻繁に利用される。

(3)持分の定めのある医療法人の事業承継のメリット

個人経営と比べた場合、持分の定めのある医療法人の持分の譲渡の手続きは簡単である。

個人経営であれば、承継した者の開設手続き、土地・建物の移転登記手続きが必要になるが、持分の定めのある医療法人の場合には、同じ医療法人が存続することになるので、こうした手続きを行う必要はない。

特に、院長死亡の場合には、その差は顕著になってくる。つまり、個人経営であれば、院長の死亡とともに預金口座も凍結され、遺産分割協議が整うまでは銀行は払い戻しに応じなくなるが、医療法人であればこれまでと変わらず預金の払い戻しが行われる。

 

3.持分の定めのない医療法人の場合

 

持分の定めのない医療法人とは、改正医療法の下で2007年4月改正以降に設立された医療法人のことを言う。言葉の通り、社員に対して持分の定めを設けることができない法人である。そして、解散時の残余財産の帰属は「国、地方公共団体、公的医療機関の開設者、財団または持分の定めのない社団の医療法人」の中から選ばなければならないとされ、利益の社員への払い戻しを一切認めない制度である。

(1)相続の場合

こうした制度設計であるため、持分の定めのない医療法人の事業承継は、社員たる地位を相続人に引き継ぐことで行われる。持分の譲渡が生じないから、相続税が課税されるということは生じない。

これだけ見れば、院長が医師である子供に承継する場合にメリットのある制度であるように思える。しかし、院長は自分が貢献して医療法人に積みあがった利益を取り戻すことができなくなるという大きなデメリットを負っている。

そこで、利益を取り戻すために取られる手段が、持分の定めのある医療法人と同様の退職金の支払いである。しかしながら、先ほども述べたように、この金額には限界がある。

最初の出資金を基金として拠出する基金拠出型の医療法人としておけば、その基金の払い戻しは受けることができるが、払い戻しは最初の拠出金に限られるので、利益の部分の払い戻しは受けられないという点は変わらない。

(2)生前承継の場合

生前承継の場合には、社員たる地位を医師である子供、第三者に承継させればよい。社員たる地位は無価値であるから、この譲渡によって税金が発生することはない。

しかしながら、問題点は、やはり院長が貢献してため込んだ利益の払い戻しを受けられないことである。その影響をやわらげるために取られるのが、退職金の支払いと基金の払い戻しであるが、ともに金額に限界があることは相続の場合のところで述べたとおりである。

 

  • それ以外の問題点

以上、医療機関の法的形態による税務の側面から医療機関の事業承継の問題点を見てきたが、医療機関の事業承継には、それ以外にも二つの大きな問題点がある。

(1)経営上の課題

最も大きな問題は、医療機関の経営をいかにしてスムーズに引き継いでいくのかという点である。

患者は、医療機関ではなく、院長個人のことを信頼してその診療所に通っている。この信頼関係を新院長にスムーズに引き継ぐことができない限り、これまで同じように売上・利益を上げていくことができなくなってしまう。

したがって、スムーズな事業承継を進めるためには、旧院長から新院長への引き継ぎ期間を設けることが必要である。事業承継が終わっても、旧院長に2,3年の間非常勤で診療をしてもらいながら、患者を引き継いでいくという手当を取ることが必要であろう。

(2)相続という側面

生前承継で院長が持分を譲渡し、金銭に変えてしまうだけであれば、その金銭は院長個人の所有となるので財産の分与という性格は有しないが、特定の医師である子供に生前承継させるということになれば、それが適正価格より低い価格で行われるなら、実質的に財産の分与に当たることになる。

相続の場合、親である院長が遺言を残していない場合には、民法の法定相続分に従って、相続財産が分割される。この場合、子供が一人しかなく、その子が医師であり、なおかつ事業承継するつもりがある場合なら、親である院長の配偶者、つまり、子の母との関係を整理するだけで済むので大きな問題とはならない。

ところが、子供が複数いて、その内一人の医師の子供が承継する場合には、土地、建物の引き継ぎを如何に行うかで問題が起こる場合が生じてくる。代償分割と言って、承継する医師の子供が他の子供に相続分相当の金銭を支払う方法があるが、いくら医師である子供と言っても、多額の代償金を支払うことはなかなかできないものであるため、公平な分割ができないケースが多いからである。

医療法人の形態をとっていたとしても、土地・建物が個人所有となっていれば、同じ問題を抱えることになる。仮に土地・建物が医療法人の所有となっていても、持分の譲渡が適正な価格で行われない限り、他の子供が不満を抱くことになるのは避けられない。

持分の定めのない医療法人であれば、社員たる地位は非課税で特定の医師である子供に引き継ぐことができるが、この場合にもその利益にあずかることのできない子供には不平不満が残ることになる。

つまり、診療所の事業承継は、院長の家族にとっては、院長たる親の財産の分割という意味を持つので、相続人間の紛争を招かないように慎重な配慮が必要なのである。

©2017 青山東京法律事務所.
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