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相続において単純承認で注意しておくべき夫の隠れ債務とは?

前回、相続の基本1と題して、相続の開始、単純承認、限定承認、相続放棄等について、紹介した。今回は、相続放棄で失敗した例を紹介していこう。
これは、夫の借金を知らずに、単純承認してしまった妻が、後で夫が多額の借金を背負っていたことを知り、その返済に困った例である。夫が亡くなり、妻と子1人が残されたが、妻単独で相続したところ、クレジット会社から子へも請求が来て、途方に暮れたという事例である。

■妻の知らない夫の債務

加藤忠雄さんは、1935年、北海道の生まれ。終戦後、東京へ集団就職で出てきて、当時業績の良かった繊維会社のアカボウに工員として就職した。1960年には、同じ工場で働いていた洋子さんと結婚。翌年には、洋子さんは長女和子を生んだので、工場をやめ専業主婦となった。

当時は景気が良かったから、忠雄さんの給与は毎年10パーセント近く上がっていった。会社からは社宅も支給されていたので、生活は楽とは言えないものの安定していた。
忠雄さんは、何とか歯を食いしばって、工場の仕事に耐えた。45歳のときには、現場の課長に昇進。給与も上がり、子どもを大学に入学させることもできた。
こうした安定した生活が暗転したのが、1985年以降の円高とその後のバブル崩壊だ。
アカボウの輸出は壊滅的な打撃を受け、工場で作れども売れないという悪循環に陥った。アカボウの経営陣は、これを糊塗(こと)するため在庫を積み上げていったが、ついに主要取引銀行のアカイ銀行からクレームが入り、在庫を見直すことになった。

この結果、在庫の5割もが不良在庫であることがわかり、アカボウは巨額の赤字決算に陥った。1990年には、事業支援機構から横暴(おうぼう)専務が乗り込んできて、アカボウのリストラが始まった。50歳以上の社員に早期退職制度が提示されたが、とても断れる雰囲気ではない。今やめておけば2年分の給与が割り増しされるが、今後はどうなるかわからないと言って、50歳以上の社員全員に退職を迫ってきた。

忠雄さんもこのプレッシャーに耐えかねず、早期退職制度に応募。1991年に割り増しと合わせて3000万円の退職金をもらって退職することになった。まだ、56歳。この時の手元資金は、これまでの貯蓄と合わせて4000万円。

忠雄さんは再就職を探したが、不況の世の中、56歳の元工員を採用してくれるところはない。こうして、忠雄さんは、リタイア生活を余儀なくされることになった。
幸い忠雄さんの長女和子はもう大学の2年生。あと2年で卒業というところまで来ていたので、教育資金はあと2年で終わる。問題は、1985年に購入した自宅の住宅ローンだった。まだ、残高が2000万円ほど残っており、手元資金で全額返済できないわけではないが、そうしてしまうと手元資金が半分になってしまう。

妻の洋子さんに相談してみると、それでも金利負担がなくなるから、早めに返してしまった方が得だというので、忠雄さんは住宅ローンを一括返済した。手元資金は2000万円。
忠雄さんは、60歳になって年金が出るまであと4年だから、年間400万円で生活していけば何とかなると考えた。忠雄さんは、知り合いの会社からウチで働かないかと声を掛けてもらったが、アカボウのリストラで、会社であくせく働くのがいやになり、年金を待つことにした。そうすれば、もう苦労しなくて済む。
1993年になると和子は就職し、家に毎月3万円ほど入れてくれるようになった。1995年になると厚生年金が月額25万円支給されることになり、これで生活も大丈夫だと一息ついた。
この時の貯蓄は500万円。夫婦健康で生きていけば、何とか食べていける。

ところが、65歳になった2000年には、忠雄さんがガンにかかった。通院費、治療費がかさむようになった。2005年には、自宅も新築から20年経過し、外壁のペンキの塗り直しが必要になった。
こうして、いつの間にか忠雄さんはクレジットカードでお金を借りるようになっていった。最初は5万円とか10万円で、年金が入ると返済していたが、徐々に返済が遅れるようになり、残高は20万円、30万円と増えていった。
一つのクレジットカードで融資枠がなくなると、別のクレジットカードで借入をする。気がついたときには、5社から200万円もの借入がたまっていた。

2015年、忠雄さんは治療の甲斐もなく、ガンで永眠。忠雄さんには、自宅と預金50万円しか財産がなかった。洋子さんは、忠雄さんがクレジットカード会社から借入があるのを知っていた。
ただ、忠雄さんは洋子さんにはクレジットカード会社1社のことしか話していなかったので、引き出しから見つかったCBJカードのステートメントにあった20万円だけを返せばよいものと思っていた。
自宅の評価額は2000万円ほどだし、その他の資産はほとんどない。まだ、結婚せず家にいた和子と話し、とりあえず忠雄さんの財産はすべて洋子さんが引き継ぐこととし、遺産分割協議書を作り、銀行等への手続きを行った。
それから1年。洋子さんも和子さんも、忠雄さん亡き後の生活になれ、二人で仲良く暮らしていた。ところが、立て続けにクレジットカード会社から4通の支払い督促の手紙が二人に届いた。忠雄さんが各社に40万円ずつの負債を負っており、金利と合わせると、各社に45万円の返済をする必要があるというのである。
これに慌てた洋子さんは、クレジットカード会社に電話し、「どういうことか」と聞くと、「忠雄さんがもう数年前からお金を借りていた」というではないか。
洋子さんが、「忠雄の財産は、全部自分が引き継いだので、和子は関係ない」と言うと、カード会社は「相続というのはそうはならないんですよ。和子さんも法定相続分に従って、半分の債務を負っているのです」との回答が返ってきた。

結局、洋子さんと和子さんは、忠雄さんの借金の残額225万円の返済をせざるを得なくなったが、洋子さんにはお金が全くないことから、和子さんが自分の貯蓄を取り崩す代わりに、和子さんから毎月家に入れていた3万円は取りやめることにした。

■解説

忠雄さんは、バブル崩壊後リストラにあったサラリーマンの一人。こんな目にあった人は、日本全国にたくさんいるはずだ。割り増し退職金をもらったものの、住宅ローンにその半分を持っていかれる。
そういう状況なのに、忠雄さんは、知り合いからの再就職の誘いを断ってしまった。余程リストラが答えたのであろう。50代後半ともなると、再就職もままならないので、結局年金待ちの失業生活に突入した。

年金が出るのを待って、じっと我慢するのもよいが、人生何があるかわからない。とりあえず働いて、少しでも貯蓄を持っていないと大変なことになるというのに。
忠雄さんの場合、その「何か」が起きた。予想もしていなかった病気の医療費、住宅の修繕費で困窮し始め、カードローンに手を出すことに。こうなると、借金は金利負担で雪だるま式に増えていく。カッコ悪くて妻にも話せない。妻はこんなにお金に困っているとは知らない。
忠雄さんが突然亡くなってしまうと、夫の借金を知らずに妻の和子さんと子の洋子さんが相続。しばらくするとカード会社から請求が来る。自宅を売らずに済ませるためには、歯を食いしばって返済するしかない。
加藤家のケースは、二つの反省点がある。一つは、忠雄さんの生活プランがあまりに甘く、再就職の話を断ってしまったこと。二つ目は、忠雄さんが妻に自分の借金を知らせていなかったこと。
残される妻にとっては、夫の財産についてすべてを知って置きたい。負債を含めて、ノートか何かに書き留めておいてもらうと、夫に何かあった時、大いに助かるというものだ。

©2017 青山東京法律事務所.
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